もうけた命(NMさんの場合)~抗がん剤の副作用と治療中止による効果

「今度は点滴で治療しようと思う。効果はやってみないと分からないが、それなりの期待はできる。髪の毛も少しは抜けるかもしれない。どうする?」

「髪の毛が抜けるのは絶対にいやです。女にとって髪の毛は本当に大事なものです。髪の毛が抜けない方法があるなら、最初にそちらを試してください」

 NMさんは、髪の毛がなくなってしまう位なら、死んだってかまわないと思うほどのこだわりがあった。髪の毛が抜けてしまうのは絶対にいやだ。

「じゃあ、仕方がない。点滴治療ではなく、別の飲み薬を使おう。ただし、これは下痢を起こす可能性が高い。結構つらいと思うが、どうだ?」
 主治医は、点滴治療ではなく、別の飲み薬による治療を勧めてきた。

「下痢なら我慢できます。まず、それを試してください。」
 NMさんは、その飲み薬を試すことにした。

 この飲み薬は消化器のがん、とくに胃がんの治療に使われ効果を発揮している薬である。しかし、副作用の下痢は半端ではないことが多い。便意を催し出すと止めようがない。ところ構わず便が出てしまうこともある。だから、この副作用が強く出る人は、この薬を飲んでいる間、外出恐怖症になってしまうほどひどい。ただし、個人差がある。

 NMさんにも下痢が起こったが、それほどひどくなかった。しかし、下痢をくり返すうちに便秘になることが多く、交互に来る下痢と便秘を調節することができず大変だった。しかも、腫瘍マーカーの上昇は、わずかだが続いていた。主治医は、やはり点滴の必要性を説いた。

「NMさん、今の薬に月1度だけ点滴を追加することにしてみないか。髪は少し抜けるかもしれないが、たいしたことはないと思うし、もし抜けたとしても治療を止めればすぐもとに戻る」

 先生はすぐに生えてくると言うが、一度でも抜けてしまうのがつらい。どうせ分かってはもらえないな。仕方ない。ごっそり抜けてしまうんでなければ、やってみよう。NMさんは、点滴治療を了承した。

 点滴治療が始まると、確かにひどい吐き気が起こった。それに白血球が少なくなる副作用が加わった。そして、髪の毛が少しづつ抜け始めたような気がした。NMさんにとっては、とかすたびにごっそり抜け落ちる感じがしたのだった。このまま全部の髪が抜け落ちると思われたので、できるだけ髪はさわらないようにして、帽子をかぶった。

 帽子をかぶって外出しただけで、他人の目が気になる。すべての人の目が自分の頭に注がれているような気になってしまう。これも外出恐怖症のひとつかもしれないと思った。しかし、幸いなことに実際には髪の毛が抜け落ちることはほとんどなかった。NMさんは、帽子をかぶることをやめた。

 髪の毛が抜けなかったせいかどうかわからないが、この治療の効果はほとんどなかった。NMさんは、この点滴治療を止めたいと申し出た。

「仕方ないな。じゃあ、飲み薬だけで続けて、どうなるか見てみることにしよう」

 主治医の提案をNMさんは受け入れ、飲み薬だけを続けることにした。飲み薬だけになっても、下痢と便秘の副作用はきつい。そのNMさんの様子を見て、婦長が言った。
「今まで、この薬を飲み続けられた人はいないですよ」

 婦長は慰めのつもりで言ったようだが、NMさんには、「これは危険な薬。こんな薬を続けるのは止めなさい」と脅されているように感じられ、腹が立った。

 結局、その後、この飲み薬によると思われる肝臓の障害が出てきたため、すべての治療を中止することになった。あいかわらず肺のしこりは残っていた。

 点滴も飲み薬もなくなったため、副作用は消え、NMさんの体調はかえってよくなった。

 NMさんはもともと旅行が好きだった。考えてみれば、肺がんが検診で発見されていなかったら、もうとっくの昔になくした命。だとすれば、行きたいと思っていたところには絶対に行ってみたい。少しでも楽しく生きようと思う。だいたい自分が暗くなっていたら、家族中が暗くなってしまう。

 体調が良くなったちょうどこの時、孫が富士山に登ると言ってきた。付き合うことにして、五合目まで登った。この孫が優しい。NMさんが体調すぐれずに横になっていると、必ず声をかけてくる。
「おばあちゃん、だいじょうぶ?元気が出るようにピアノでも弾いてあげようか?」

 NMさんは、自分がこの病気になって長く闘病を続けて来たからこそ、孫が人に優しくすることを覚えてくれたと考えている。自分のがんという病気が、孫の優しさを育て上げてくれた。

 NMさんは、外国にも行ってみたいと思う。アユタヤ、グランドキャニオン、夢が膨らむ。しかし、家族は反対する。
「がんの患者を海外旅行に連れて行くなどもってのほかだ。責任が持てないから、海外などには連れていけない」

 NMさんの家族にも、ほかの人たちが持っているのと同様のがんという病気への偏見があると、NMさんは考えている。

 がんは命に関わる病気には違いない。しかし、本当に具合が悪くなるのは、抗がん剤の治療中か、がんが進んで体中に広がって体力が落ちた時だけだろう。それ以外は、たとえ転移があったとしても、がん患者は普通の人と変わるところはない。

 だから、NMさんは残された時間を余すところなく最大限有効に生きて行こうと思っている。つまり、自分ががんの転移を持つ体だからといって、家族が自分といっしょに海外に行くことをためらうのはおかしいと思う。

※このブログが本になりました。「がんになって分かったこと~さまざまながんの素顔と元気な患者たち」という書名で、文芸社からの出版です。ネット販売もしています。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

YSsendai
2010年10月17日 20:36
こんにちは,ブログを読ませて頂きました.
がんの患者さんはがんと付き合うことにより,また,がんの患者さんとふれあう方もそのことにより,いろいろな経験を重ねていくものと思います.
最近下記の本を知人から紹介されました.
-「七転び八起き寝たきりいのちの証し」阿部恭嗣著 新教出版社- 
進行性筋ジストロフィーの方の,手記を中心とした本です.
たいへん勇気づけられる本でした.
このブログの題名「がんになってよかった!」とつうじるものがあると思います.

この記事へのトラックバック