治療させてもらえなかった乳がん(SIさんの場合)~信じられない夫の言葉

 その夜、SIさんは仕事から帰ってきた夫に言った。
「私、乳がんだって。これから詳しく検査して確かめてから、治療することになるだろうって」

 夫は、しばらく黙っていたが、声高に言い切った。
「乳がん?それで、お前は具合が悪いのか?金を稼ぐ俺にメシを食わすのがお前の仕事だ。それができなくなるようだったら治療を受けても構わないが、元気なうちは治療など受ける必要はない。お前が入院したら、だれが俺にメシを食わせるんだ?」

 SIさんは、夫の反応をある程度予想はしていたが、さすがにこの夫の言葉には驚いて、一瞬、言葉につまった。
「でも、がんだったら、命に関わることになるかも知れないわよ。そしたら、なにもできなくなっちゃう」
 やっとの思いでSIさんは夫に言った。

「がんと決まったわけじゃないだろう。自分で決めつけるな。くり返すが、お前はどこも具合が悪いわけじゃない。しこりが痛むのか?それでからだが動かせないとでも言うのか?どうなんだ?」
 夫はどなるように言った。

 SIさんは返す言葉が見つからなかった。
「痛くもなにもないわ。でも、先生はがんだろうって」
 消え入るような声でSIさんはやっと夫に答えた。

「痛くもなにもないなら、治療なんか必要ない。お前がいなくなったら、家のことをやってくれるやつがいなくなる。メシだけじゃない。洗濯だって。とにかく、メシが食えなかったら、俺は仕事に行けない。稼げなくなるんだ。分かったろう。お前がやるべきことはなんなのか!」

 SIさんは、これ以上なにを言っても無駄だとあきらめた。がんではないことを祈って、検査の予約をキャンセルした。

※このブログが本になりました。「がんになって分かったこと~さまざまながんの素顔と元気な患者たち」という書名で、文芸社からの出版です。ネット販売もしています。

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