サルビアの会’12年8月家族会

 今回は、今年3月に52歳のご主人を胃がんで亡くしたKGさんが参加しました。ご主人が亡くなる前は、ご主人と一緒に参加しておられ、最後の参加が今年の1月でしたので、しばらく振りの参加です。

 他の参加者にKGさんのご主人が亡くなられたことを話すと、全員が驚き、「あんなにいい体格だったのに・・・」、「まだまだ頑張るといってたのに・・・」と、ご主人と同席したことのある参加者は、それぞれがKGさんのご主人の姿を思い起こしている様子でした。

 KGさんのご主人は、病前、身長が180㎝、体重が90㎏というりっぱな体格だったのです。

 KGさんのご主人は、弱音を吐いたことのない人だったそうですが、抗がん剤の副作用が残り血小板減少が回復しなかったため、主治医から「このままでは抗がん剤治療はできない」といわれた時、初めて涙を流したそうです。

 KGさんは、この時ご主人が最期の近いことを悟ったのだろうといいます。そして、そのまま退院することになったのだそうですが、最期まで家で見て行くことには最初不安があったそうです。

 家に帰ると、在宅の生活の準備がまだ十分ではなく、さらにご主人の体調も日増しに悪くなるため、自分自身も混乱したといいます。

 痛みに対してモルヒネ剤が使われていて、その副作用のせいか、あるいは肝臓の働きが悪くなったせいなのか、無口だったご主人が突然饒舌になり、しかも「オレがいったことを全部書き留めて置け」というので、それが大変だったといいます。

 でも、そのせいでノート1冊の遺言書ができたので、今考えるとよかったと思える、とも。

 KGさんは、がんが見つかってから1年10か月、家での最期の期間は2週間ほどだったそうですが、二人の息子さんといっしょに家で看取ることができてよかったといっていました。大変だったそうですが、家族だけの時間を持つことができたことは、かけがえのないことだったとのことです。

 KGさんの長男の方は就職が、そして次男の方は大学入学が決まり、それをご主人は喜んで亡くなられたとのこと。自分ががんになったからこそ、子どもたちもしっかりしなくてはいけないと頑張ったようだし、自分自身も人を見る見方が変わったと思うといっていたとのこと。

 そうですね。この会に参加する人たちは、多くの人がいいます。「がんになってよかったと思う」と。

 ただ、62歳の奥さんを1年半前にすい臓がんで亡くしたTHさんは、少し違います。

 奥さんはすい臓がんが見つかってから半年で亡くなり、しかもその間、十分な治療を受けられなかったと思うからです。最期は病院でした。

 痛みが強かったためモルヒネ剤と安定剤が使われました。その治療で痛みは取れても、そのまま意識がなくなっていくようなので、安定剤を止めてもらったのですが、結局、意識がもどらず、3日間昏睡状態のまま亡くなったというのです。

 THさんは、それを悔やみます。もっと違う方法があったのではないか、と。

 さらにTHさんは、がんセンターでセカンドオピニオンを聞きました。その結果、やはり手術はできない状態だと思うが、こちらに転院して治療をすることは可能だといわれたのですが、奥さん自身が「ここで十分」と転院を断ったのです。それも悔やまれてならない。

 THさんには、奥さんの肝心な治療に別の選択肢のあったと思えることが、いまでも悔やみの種なのです。しかも半年という短い期間でした。なにもしてやれなかったという気持ちも強いのです。

 最愛の家族を亡くされた後は、その死がどんな形だったとしても、悔いが残るものでしょう。最期までの期間の短い場合は、とくに強くそう感じるのだと思います。

*このブログが「がんになって分かったこと」(文芸社刊)という本になっています。読んでみてください。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック