サルビアの会’12年9月家族会(その1)

 CBさんが少し興奮気味に入ってきました。

「先生、情報提供書は書けないっていうんです。だれにでも情報提供ができるわけがないって」

 CBさんのご主人は、先月の患者会の記事でも紹介しましたが、肝臓に転移のあった直腸がんで、抗がん剤の治療を10数コース受けて効果があったので、7月末に肝臓と腸の手術を受けました。そして、人工肛門が今までと別のところに設置され、きょうが退院の日だといいます。

「私たちは最悪の決定をしてしまいました。手術なんかやっぱり受けさせるんじゃなかった。抗がん剤の治療もそうです。本を読んだんです。そうすると、そこには抗がん剤の治療も手術も病院や外科医のためになることはあっても、患者のためになることはないと書いてあるんです」

 一時世を風靡した本「患者よ、がんと闘うな」を手にして、CBさんの興奮はさめません。このCBさんの姿を見ると、極端な考えの本は、分かりやすいほど、誤解を生みやすいと思います。

 私は尋ねました。

「一体どうしたんですか?」

「手術は本人が決めたことなんですけどね。今、お腹の中だけじゃなくって、胸にも水がたまったりして大変な状態です。今は落ち着いていても、またいつたまるか分からないっていうんです。それに人工肛門の手入れが大変。こんなことになるなら、やっぱり手術を受けさせるんじゃなかったって思うんです」

 情報提供ができないというのは、「CBさんのご主人が退院した後、すぐ近くの医療機関である私のところで様子を見て行くことができるから、そのための情報提供書を主治医に書いてももらうといい」と私がCBさんに言ったことに対してCBさんがもらってきた返事でした。

「訪問看護への情報提供はいただけたんです。でも、先生への情報提供の話をしたら、看護師さんがそういうんです。書けないって」

 少し早とちりをすることが多いCBさん。どこかで意思疎通のうまくいっていないところがあるにちがいありません。私は、つぎのように言いました。

「主治医にきちんと伝えてください。大学病院は遠いですから、通常は私のところで見ていて、月単位の定期的な診察は大学病院へ行くということにするのがいいと思います。そのための情報提供書です。このことを主治医に伝えてもらえば、なにも問題なく書いてもらえるはずです」

 さらに、つぎのように付け加えた。

「ただ、まだ状態が不安定で一般の医療機関には任せられないという場合は、話は別です。それに、ご主人が大学病院でずっと診て行ってもらいたいと思う場合も同じです。それを確認してから、大学病院の主治医にあらためて伝えてください」

 それに対してCBさんは言いました。

「そうなんです。主人がはっきりしないんです。それに、どうも大学病院のほうがずっとそのまま診て行きたいようなんです」

「そうですか。じゃあ、とにかく私のところはいつでも引き受けますから、必要な時には、いつでも情報提供書を書いてもらって来てください。もちろん、情報提供書がなくても診察することはできますから、心配な時にはいつでも来てください」

 がん患者は、主治医に見放されることを一番に心配すると思います。だから、主治医の言うことを第一に聞き、その通りにしようと思うのです。退院を迎える微妙な時期に、私が診てもいいなどと余計なお節介をしたことが、混乱の原因だったかもしれません。

 いずれにしても、私への情報提供の話はCBさんの興奮がおさまってからで遅くないと思います。

 家族会には、治療中のがん患者の家族が、CBさんのように心配を抱えて来ることも多いのです。

*このブログが「がんになって分かったこと」(文芸社刊)という本になっています。読んでみてください。

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