サルビアの会12年11月患者会

 肝臓がん治療後のYGさんは言います。

「前の主治医は、診察の最後に必ず言ったんです。再発の可能性があるから注意しなさいって。私はそれを聞くたびにビクッとしました。不安でしょうがなくなったんです」

「だから診察の日は、家に帰るとドッと疲れが出て、ただ休むしかありませんでした。診察がいやでした。でも、見てもらわなくちゃならないので、診察を受けに行くしかなかったんです。本当につらかった」

 それを聞いて、同じように胃がん再発の不安と闘ったUDさんは言います。

「私は、がんの再発も早くみつければなんとかなるはずと思って、診察のたびに検査を受けていました。だから、検査の結果を聞くまでは不安でしかたなかったんです」

「しかも、外来診察室はカーテンで仕切られただけの状態で、診察の順番を待っているつぎの患者に診察中の話が筒抜けでしたから、先生が再発ですなどと言っているのが、全部聞こえる。すると、つぎはわが身という気がして、生きた心地がしなかった」

「そういう不安な気持ちで外来の診察を月に一回は受けていたんです。私も、診察が終わって家に着くと、疲れがドッと出て、もうなにもやる気力が起こらないほどでした」

「でも、再発を早く見つけてもらうには、腫瘍マーカーの検査をしてもらうしかないと思って、その検査を受け続けていたんです。それをなんとか続けられたのには理由がありました」

「近くに薬局があって、そこの薬剤師さんがいつもにこにこといい笑顔で話を聞いてくれたんです。ですから、診察のあと私が疲れ切っているときに、にこにこしながら大丈夫ですよって言ってくれる。それだけで安心できたんです。笑顔は大切ですね」

 UDさんは続けます。

「でも、内科の担当医が毎年変わったんですが、ある時から手術をしてもらった外科の先生に戻ったんです。そしたら、その先生から言われました。腫瘍マーカーを気にしてビクビクしてるより、元気でいる今、できることをしっかりやったほうがいいって」

「あなたの場合、もともと手術の前から上がっていなかったんだから、腫瘍マーカーなんかこれからも上がるはずがないって言うんです。だから、もうこれからは腫瘍マーカーは調べないって。」

「私はビックリしました。でも、それを聞いて、その通りだと思ったんです。腫瘍マーカーを気にするのはやめた、と。それまで飲んでいた抗がん剤もやめたんです。そしたら、本当に自由になって、好きなことができるようになったんです」

 UDさんは、さらに続けました。

「私は、自分の好きなことをやっています。野菜とお花の畑をつくっているんです。一生懸命つくって、できたものを欲しい人がもらってくれれば、それでいい。そう思って一生懸命いいものをつくろうと努力してるんです。自分でできる楽しみを見つけてやっていくのがいいと思っているんです」

 苦しみを乗り越えたUDさんの話はつきません。

 YGさんも言います。

「私も自分でできる体にいいことを続けていますよ。30分の散歩と、声を出して読む読書です。自分の足で外を歩くのは気持ちがいい。声を出して本を読むのも、自分を確かめられるような気がしていいんです」

「本当は30分ではなくて、もっともっと歩きたいんですが、抗がん剤の副作用のシビレがまだ足に残っていて、思うように歩けないんです。でも、悪いことを考えてもしようがないですから、なにも考えずにできるだけのことをやろうとしているんです」

 がんの患者は、つねに自分の苦しみを乗り越えるための自分なりの努力をだれもがしているのです。

*このブログが「がんになって分かったこと」(文芸社)という本になっています。読んでみてください。

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