サルビアの会10月家族会(その1)

 ご主人が前立腺がんのKZさんの話になり、ご主人が亡くなったという話が出たところで、KZさんご本人が入ってきました。KZさんが言います。

「主人は16日に亡くなりました。最期は、痰が切れなくなり胸が苦しいと言ってました」

 KZさんが続けます。

「今朝テレビで緩和ケアについてやってましたが、そこで『介護する人は第二の患者だ』と言っていたんです。私ははっとしました」

「まさにその通りだと思ったんです。それを聞くまでは、まったく分かりませんでした。そんなことは考えもしなかったです」

 それを聞いてご主人を腎臓がんで亡くしたSSさんが言います。

「私の主人は、むくみもなかったし、苦しむこともなかったわ。ただやせただけだった。私も主人を介護してて、このままでは自分が参ってしまうと思って、主人に入院してもらいました」

「主人は、かかりつけの先生にずっと診てもらっていたんですが、早く見つけてもらうことができなかったんんです」

「見つかった時には、肺に転移していて手遅れでした。腎臓を手術してもらったんですが、そのあと1年半で亡くなったんです」

 それを聞いてKZさんが言います。

「主人も同じでした。最初、腰に痛みが出たんです。それが7、8年前です。整形外科に行きましたが、治らない。結局、なん件かの整形外科を渡り歩くことになったんですが、それでも治らなかったんです」

「整形外科では、ブロック注射をしてもらってました。でも、とうとう『これは内科の問題があるかもしれない』と言われて、内科を受診したんです」

「すると、主人が頻尿があると言ったので、泌尿器科へ行くことになりました。そして前立腺がんが見つかったんです」

「私たちは、毎年健診を受けていました。主人は前立腺がん検診も受けていて、いつも異常なしという結果だったんです」

(このことについては前のブログで書いていますが、前立腺がんのマーカーであるPSAは正常範囲内だったけれども、年を追うごとに高くなっていたんだそうです)

「ですから、前立腺のことなど考えてもいませんでした。それで2年前に大学病院を紹介されたんです。結局、痛みは前立腺がんの転移でした」

「そして、転移があるので、前立腺の手術はできないと言われました。ただ、この時先生は主人に『手術ができない』とはっきりは言ってくれなかったんです」

「これは先生が本人の気持ちを考えてのことだったんでしょうが、主人は最期まで手術にこだわっていましたから、この時にはっきり言ってもらっていたほうがよかったんじゃないかって、私はずっと思っていました」

 KZさん、思い出すすべてのことに対して、あの時違うようにすればよかったと思い始めているようです。

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