サルビアの会7月家族会(その1)

 今回初めて参加したSZさんが言います。

「ここは古河市のホームページの案内を見て来ました」

「今までは都内に住んでいて、そこで若年で家族を亡くした人たちの会があったので、その会に参加してました」

「2年前に妻が大腸がんで死んだんです。去年、古河に来ました。私の生まれたところなんです。今は両親と暮らしてます」

「先週三回忌を済ませました。妻は20代で発病して、15年間の闘病生活でした。先生も、こんなに長い人は珍しいと言ってました」

「手術を8回しました。そのたびに先生は『ふつうなら手術はしないんだが・・・』と言ってました」

 SZさんが続けます。

「8回の手術のうちに、大腸、肝臓、胃の一部と、卵巣、子宮などを切り取りました。大腸は1メートルにも満たない短い状態になってました」

「妻は抗がん剤治療を続けたんです。TS-1は長く飲みました。それに点滴の抗がん剤もやりました」

「イリノテカンは脱水を起こすので、つらかったようでした。腸が短いので脱水には弱かったんです。だから、本当につらかったようです」

「でも、やめるとは一言も言いませんでした。分子標的治療剤のアバスチンもやりました」

「多少効果はあったようでした。でも、これも手足のシビレや痛みがひどかったようです」

「最初、抗がん剤治療の治療費が大変でした。でも、手術や放射線治療をくり返すうちに左脚がマヒしてしまい感覚がなくなりました」

「それを機に障害者手帳をもらいました。そのあとは治療費の助成を受けられるようになったので助かりました」

「最期の最期まで妻は抗がん剤治療を続けたいと思っていました。本当に最期まで点滴をやっていたんです」

「もう、効果がないと分かっていても治療をして欲しいと頼んでました」

「なので、先生も点滴だけはやってくれてました。中に本当に抗がん剤が入っていたかどうかは分かりませんけどね」

「妻は治療をやめるのがこわかったんだと思います」

「妻は結婚する前に大腸がんになってたんです。私と妻は同じ職場にいました。だから、それを分かった上で結婚しました」

「でも、結婚して9か月で再発したんです。そこから長い闘いが始まったわけです。妻はプラス思考の人でした」

「だから、前向きに生きる小林真央さんは妻を思い起こさせる人でした。亡くなってしまって本当に残念に思います」

 みんなが「それは大変でしたね」と言います。

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