サルビアの会9月患者会(その5)

 つぎにご主人を腎臓がんで亡くしたSSさんが話しました。

「私は12年前に主人を腎臓がんで亡くしました。亡くしたばかりは、ただただ泣くばかりの日々でした」

「でも、この会に参加して同じ境遇の人たちとなにも気兼ねなく話すことができて、だんだんつらい気持ちが薄らいでいきました」

「自分だけがつらいんじゃないってことがよく分かったんです。それで気持ちが少しづつ落ち着いてきました」

「今では、同じような悩みや苦しみを持つ人たちに対して、自分のそのような少しばかりの経験からですが、声かけができるようになりました」

「がんで苦しむ人がいたら、ぜひこの会に参加してみてください」

 SSさんは、このような場で話をするのは初めてということでしたが、落ち着いて分かりやすく話してくれました。

 つぎに、食道がん治療後5年になるTJさんが話しました。知識がなかったために治療法の選択を誤ったと悔いていました。

「私は食道がんの内視鏡治療と抗がん剤治療後に、放射線をかけるか手術をするかの選択を迫られました」

「その時、手術ではなく放射線治療を選んだんです。後で親戚の医者に言われました」

「『どうして放射線治療を受けることにしたんだ?放射線治療を受けてしまうと、後で手術を希望してもできなくなってしまうんだよ』って」

「放射線による癒着が起こるので、手術はリスクが極めて高くなってしまうということです。そういうことは考えもしませんでした」

 TJさんは、その後再発への内視鏡治療をくり返し、現在はすっかり落ち着いています。

 終わりにサルビアの会は悩みを抱えるがん患者のためにある会だということを強調してくれました。

 最後は子宮がん再発を乗り越えたMYさんの話です。MYさんの話は診断の時からまるでドラマです。

「不正出血が続いていたんですが、生理が止まる時はこんなもんかなくらいにしか考えていませんでした」

「ところが貧血が進んでしまい、かかりつけの先生に診てもらった時には真白いロウソクのようだったんだそうです」

「先生に『なんでこんなになるまで放っといたんだ?!』ってどなられました」

「じつは、私にはいつも診てもらっていた鍼灸師がいたんです。その鍼灸師に出血のことを相談したことがあったんです」

「その時、そんなのは大したことじゃないって言われて、それで安心しきってたんです」

「というか、誰かに大丈夫だと言って欲しかったんだと思います。そして、それに頼りたかったんだと思います」

「すぐに総合病院に救急車で運ばれました。でも、そこでも大変でした」

「全身から血がなくなったような状態でしたから、点滴をしようにも血管が見つからなかったんです」

「何人かの看護師さんが頑張って、やっと針が血管に入った時には周りのみんなが拍手喝采でした」

「でも、そこに入院しても子宮からの出血を止めることはできませんでした。毎日タンポンを入れ替えるだけです」

「これが痛いなんてものじゃなかったんです。そして子宮がんという診断が下されました」

「それが最初に自分はもう終わりかと観念した時でした」

 MYさんの話は続きます。

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