サルビアの会9月患者会(その6)

 MYさんの子宮頚がんの治療歴はまさにドラマです。

「子宮がんの治療を受けるため大学病院に移ることになりました。最初、手術は無理ということでした」

「でも調べるうちにどこにも転移はなさそうだということが分かり、急遽手術ということになりました」

「手術は成功しました。その後、腹部に放射線を当て退院しました」

「この後、最初に入院した病院に戻った時、病院の看護師さんたちが私を見て『幽霊じゃないの?』って真顔で言ったんです」

 MYさんは誰が見ても本当に死んでおかしくない状態だったんですね?

 MYさんが続けます。

「ところが2年後、左側のわきの下のリンパ節に転移したんです。だんだん大きくなってきました」

「でも、私はまたそのまま放っておきました。先生には言われました。『そのままにしておくと1年の命だよ』って」

「でも私は1年を好きなことをやって暮らそうと思いました。ところが1年経っても死にませんでした」

「ただ、転移はだんだん大きくなってきて、痛みやシビレが出てきました」

「痛みは次第にひどくなり、痛む左腕をもぎ取ってしまいたくなるほどでした」

「あまりの痛みのためにモルヒネを使いました。この時がもうダメかと思った2回目の時です」

「ここで初めて転移に対して治療を受ける決心をしました。放射線治療です。治療は効きました」

「看護師さんが毎日診てくれてましたが、『キズができているから見ちゃダメよ』って言うんです」

「転移して大きくなったリンパ節が崩れて穴があいてしまったんだそうです。でも、私は見ていませんから分かりません」

 MYさんの話は続きます。

「そして、その後にとうとう拒み続けてきた抗がん剤治療をすることになりました」

「食べられなくなり髪が抜け、副作用はひどいものでした。それを抑えるためにステロイド剤が使われました」

「そのステロイド剤の副作用も大変でした。顔が膨れるムーンフェイスになり、糖尿病にもなってしまいました」

「インシュリンの治療が始まりました。結局、抗がん剤治療は予定した分はやれませんでした」

「でも、手術から始まって、がんの治療はほぼすべて経験しました」

 MYさんは、その治療中に出会ったがんの仲間を「がん友(とも)」と呼びます。もちろん亡くなったがん友もいます。

 なので、そのがん友たちの生きられなかった分を合わせて「自分は120歳まで生きるんだ」が口癖です。

 現在、MYさんはモルヒネもインシュリンも使わずに元気です。

 ただ、最初の放射線治療による腹膜の癒着が原因で腸閉塞に悩まされました。

 でも、それも今は何とかなっていて、本当に120歳まで生きられると思えるほど元気です。

 MYさんが最後に言いました。

「サルビアの会に初めて来た人たちはだいたい不安げな顔をして入って来ます」

「でもサルビアの会に参加している人たちはみな笑わせじょうずなんです」

「不安げにしていた人たちも、帰る時にはみな元気になり明るい顔つきで出て行きます」

「がんで悩む人はだれでもサルビアの会に気軽に来てください」

 この後、MYさんは自分でも参加している地域がん診療連携拠点病院の友愛記念病院でのがん患者サロンについて紹介してくれました。

 毎月第2第4金曜日の午後に開催しているとのことです。

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