サルビアの会5月家族会(その3)

 卵巣がん手術後のYDさんが言います。

「最近、60歳を過ぎた息子が家にいるんです」

「鍼灸師なんですが、こんど介護福祉士の資格を取るんだって勉強してるんです」

「それを家に帰ってきてやってるんですよ。難しい本を何冊も読んでます」

「だから、私はその息子に縛られているわけです。迷惑ですよね」

「でも、その息子がとつぜん言ったんです。『死を考えるべきだ』って。確かに私も80歳を超えてますからね・・・」

 私が言いました。

「そうですね。TNさんもUDさんも、今は介護の真っ最中で、死ぬことなんかそんなことって感じでしょう」

「でも、TNさんのご主人にも、UDさんのお兄さんにも死は近いうちに必ずやって来ます」

「なので、死を覚悟して置くのは必要なことだと思います」

 KTさんが言います。

「覚悟をする必要があると私も思います」

「私も夫を見ていて、そうしていました」

「でも、実際に死が間近に迫ってくると、もうどうしようもなくなってしまうんですよね」

「覚悟していても、目の前で実際に起こっていることは受け入れられないことばかりなんです」

 KTさんが続けます。

「結局、覚悟はできていても、夫が死んだという事実を受け入れることができませんでした」

「そして、死んだ夫の遺体がそこにあるだけで私の気持ちは休まっていました」

「だから、遺骨もずっと家に置いたままでした」

 YDさんが言います。

「でも、ご主人を最期まで見てあげられたんですから、それだけで幸せですよ」

「私の夫は、私が卵巣がんで手術した後の抗がん剤治療中に死んだんです」

「だから、私は夫を看取ることができなかったんです」

 ご主人を腎臓がんでなくしたSSさんが言います。

「もう主人が死んで15年も経ちます」

「でも、主人が息を引き取った時に思ったことを今でもよーく思い出します」

「これであなたは楽になれるね、と。主人は最期まで苦しみましたからね」

(つづく)

この記事へのコメント