もうけた命(NMさんの場合)~大学病院からがんセンターへ

 NMさんは決めた。ここでもう一度検査を受けるよりも大学病院で受けよう、と。NMさんは、はっきり言った。
「先生、申し訳ないのですが、大学病院へ紹介状を書いていただけませんか?先生のおっしゃることはもっともと思います。ただ、検査の手を替えてみると違う結果が出るかもしれないと思うんです。どうでしょうか?」

「そうですね。そうしましょう。私も、もう少し時間を置いてやり直すか、別のところでやり直してもらうかのどちらにしようかと迷っていました。大学病院へ紹介状を書きましょう」

 検査を担当した医師は、一瞬当惑したようだったが、すぐに紹介状を書いてくれた。自分でも、もう一度検査をしても同じ結果しか出ないだろうという気持ちがあったに違いない。

 照会先の大学病院でもCT写真を撮り、そしてやはりがんの可能性があるとして気管支鏡検査をやり直すことになった。二度目の気管支鏡検査は、慣れたせいか一回目ほど辛くは感じなかった。

 そして、「本当に結核じゃなければいいが」と思いつつ、その結果を聞く日を迎えた。やはり、肺結核は家族や周囲の人への影響を考えると、肺がんよりもいやな病気と考える人は多い。

「NMさん、結果が出ました。やはりがんでした。腺がんというタイプの肺がんです。すぐに手術することを考えて、ほかの検査を追加しようと思います。いいですか?」

 大学病院の医師の言葉に、NMさんは改めて自分の耳を疑った。
「えーっ、本当ですか?私はタバコも吸わないし、がんの患者は私を含めて家族中だれもいません。体にもどこも具合悪いところはないです。」

 NMさんは、別の専門家の意見を聞くセカンドオピニオンというものがあるということを思い出して、すぐに言った。

「先生、すみませんが、セカンドオピニオンというものがあるそうですので、がんセンターへ意見を聞きに行きたいと思います。手紙を書いていただけませんか?」

 NMさんの強い口調にたじろいだ感じで、大学病院の医師はがんセンター宛に情報提供書を書いてくれた。

 NMさんは、日を置かずにがんセンターに行った。しかし、そこでもNMさんの期待した言葉は聞かれなかった。

「NMさん、間違いないと思います。肺がんです」

 医師は続けた。

「でも幸いなことに初期だと思います。手術で治りますよ。早く手術したほうがいいと思います。こんな小さなうちに見つけてもらってラッキーでしたよ」

「がんなんて、まさかそんなはずはない」と思い続けていたNMさんだったが、今まで診てもらった医師のうち「がんではない」と言った医師はひとりもいなかったことを思い出していた。結核の可能性があると言った医師もいなかった。そして、ここでまた改めてがんと宣告されたものの、初期のがんであり手術で治るとはっきり言ってくれたこの医師の言葉を信じることにした。

「絶対に結核ではないですね?肺がんですね?」
NMさんは、改めて確かめた。

「そうです。肺がんです。ですが、心配ないと思います。手術で治ります」

「手術で治るんですね?じゃあ、手術をお願いします」
NMさんは、ここで治療を受けることにした。

 間もなくすべての検査を終えた。明らかな転移はなく、手術に当たって体に問題となることもないことが確かめられた。がんを含めて右肺の三分の一を切り取る手術が行われることになった。右の肺葉切除術である。

 肺の手術の前には、肺機能検査が欠かせない。ただし、呼吸器の症状がまったくない人の場合、片肺全部を切り取る手術でなければ、通常、肺機能検査で問題になる人はいない。

 NMさんは、まったく症状がなかっただけでなく、右肺の三分の一を切り取るだけですむ手術だったので、ほとんど問題になることはなかったのである。

 60歳を過ぎたNMさんにとって、肺の手術も初めて聞くものだった。肋骨も切るというが、手術が終わった後は切った肋骨をどうするんだろうなどと、がんの治療とは関係のないことを考えたりしながら、手術を待った。

 手術は問題なく予定通り終了した。胸部の手術は大手術だと思っていたので、しばらくは安静が必要なものと勝手に決め込んでいた。ところが、手術の翌日から歩かされ、もちろん食事もどんどん食べるように促された。

 簡単な虫垂炎の手術でさえ、翌日に食事を摂ることなどあり得ないと思うのに、なんということだろうと思いつつ、つぎつぎに初めてのことを経験させられながら、NMさんは順調に回復した。咳をするとキズの痛みを感じたが、あまり痛みを感じない咳の仕方を覚えた。

 また、右肺を三分の一切り取ったにしては息切れするでもなく、こんなものかと思う程度ですんだ。そして、手術後2週間経ったところで退院の日を迎えることになった。

「NMさん、退院おめでとうございます。切り取った肺やリンパ節を詳しく検査しても、転移はまったく見つかりませんでした。これで治ったと思います。抗がん剤の治療や放射線の治療も必要ありません。よかったですね。でも、この後しばらくの間は私の外来に来てください。様子を見ていきます」

 NMさんは、あっという間に過ぎ去ったこの二か月少しの間のさまざまな出来事を思い出しながら、夫の運転する車に揺られていた。何事もなく暮らしてきた中で、まさに晴天のへきれきのように降って湧いた今回の出来事をいまだに実感できないが、肺がんができてしまったことは紛れもない事実のようだ。

 それも手術で治ったというが、はたして本当だろうか?しかし、ともかく現在のところ、ほとんど手術前の自分と変わりがないようである。言われた通り簡単な手術で済んだようだから、本当に初期のがんだったのだろうと自分に言い聞かせた。しかし、再発することは絶対にないのだろうか?

※このブログが本になりました。「がんになって分かったこと~さまざまながんの素顔と元気な患者たち」という書名で、文芸社からの出版です。ネット販売もしています。


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